あぶれた男達が夢見るのは
従順なメイドと男色と近親相姦
ポルノ映像が切り替わる合間に
黒い液晶画面に映る薄ぼけた表情の男に驚く
青い光が戻ると安心し
ひがな一日性欲と向き合う
世間は悲しい性欲に充満している
淫猥な設定が一人歩きし
芸術はそれに迎合していく
翻弄された芸術はさびしく行き場を失っている
女を守る大義も失った
酒に浸る意味も失った
そこに芸術は生まれない
残るのはただ悲しい性欲だけ
あぶれた男達が夢見るのは
従順なメイドと男色と近親相姦
従順なメイドと男色と近親相姦
ポルノ映像が切り替わる合間に
黒い液晶画面に映る薄ぼけた表情の男に驚く
青い光が戻ると安心し
ひがな一日性欲と向き合う
世間は悲しい性欲に充満している
淫猥な設定が一人歩きし
芸術はそれに迎合していく
翻弄された芸術はさびしく行き場を失っている
女を守る大義も失った
酒に浸る意味も失った
そこに芸術は生まれない
残るのはただ悲しい性欲だけ
あぶれた男達が夢見るのは
従順なメイドと男色と近親相姦
コメント
(一応、そっち系の学校出て、一時期、凌ぎを稼いでいた事もあるモノですから)
ARTの第一義は「技術」なんですよねぇ。
所謂、現代美術(古くは前衛芸術)の大半を私が好まないのは、単に稚拙であったり、既に同じ行為が成されているにもかかわらず無知から、オリジナルと勘違いして人目に晒す事に、同賊嫌悪的な意味で不快感を感じてしまうんですヨ。
技術力でそれをカバーできるならばともかく、技術ではどうにも出来ない部分ではその責任を賄いきれない。だから仕事として芸術を提供する人は生み出した責任を負っている点で尊敬しています。